今月の言葉

 
「明日からやろう」と40回言うと 夏休みは終わります。
 
「この身今生において度せずんば 
 いずれの生においてか 
 この身を度せん」(三帰依文)
 
「宗教は、なぜ必要なのか」
  そう問う人にこそ
  宗教は必要である。(西谷啓治)

坊守のつぶやき 3号

 八月のお盆が終わり、お寺の行事や研修会の合間を縫って、毎年この時期はお墓参りがてら夏休みで帰省します。 里の父は平成10年、母は平成21年に亡くなりましたので、京都に残った姉と一緒に東山の麓にある大谷祖廟(※注)に参拝に行きます。大谷祖廟の周りは八坂神社や高台寺などがあり、観光客や人力車で賑わっていますが、一歩祖廟に向かう参道に足を踏み入れると、驚くほど静かになります。 私は、東山三十六峰を背景に、祖廟の山門が正面に見えるこの石畳の道が好きで、木立のざわめきや、蝉のむせかえる声の中を進みます。百メートル以上続く参道を歩いていますと、亡くなった父母、祖父母や親族のことを思い出さされ、姉と思い出話しに花を咲かすことができる、そんな大切な時間をこの道はくれます。 

  参道ではいろいろな方ともすれ違います。うつむき加減で放心したように歩く中年女性を見かけると〜最近ご主人を亡くされた方かな〜とか、若い方を見かけると〜祖父母のお参りかな〜とか、 本当に多くの人びとが参拝にみえます。改めて、かけがえのないいのちを頂いている身に気付かされ、いつかは亡くなって行く身、「今をちゃんと生きているのかー」と自分に問いかけながら帰ってきました。


※注「大谷祖廟」は円山公園の隣に位置する親鸞聖人の御廟所のことで、真宗の門徒は親鸞聖人と同じくここに納骨します。