坊守のつぶやき 20号

 
 坂本龍一という作曲家をご存知でしょうか? 映画『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞音楽賞を、『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞と立て続けに受賞された著名人である。
 その彼が先日自伝を書き始めた。
−ぼくはあと何回、満月を見るだろう−と。
 アッ!、へぇ〜、ふぅ〜ん •••
死を覚悟されたタイトルだなと感じました。
何年も前からがん治療に努めてきて、現在ステージ4であるとのこと。
記事を読んだとき他人事ではなく、自分事で受け止めます。病気に罹ってなくても、人間はいずれ死ぬ。私も、満開の桜をあと何回見ることができるのだろう、と愁いたりします。
 
住職がご葬儀(火葬後、還骨)や納骨時に『白骨の御文』(第八世蓮如上人)を拝読します。
−我や先、人や先、今日とも知らず明日とも知らず。おくれ先だつ人は、本の雫、末の露よりも繁しといえり。されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり−云々
「いいお話でした。」と声をかけてお帰りになる方も多々いらっしゃいます。でもね、お寺を一歩出ると、私たちはお話のことなどすっかり忘れてしまいます。
「お腹が減ったな〜。何か食べて帰ろう」
「浅草が近いから、久しぶりに浅草寺に寄ろうかな」
「今日の段取りに粗相はなかったかなぁ」等々、雑念が湧いてきます。皆そうです。
凡夫である私たちは直ぐに忘れてしまうけれど、忘れないで、人の人生はあっという間に過ぎて行きます。だから、「忙しい忙しい」と言ってそれを生き甲斐とする人生を送っていると、生涯を虚しく終わらせてしまいますよ、と。
 
 蓮如上人と同時期の禅宗の僧侶、一休さんも歌っています。
 – 世の中の 娘が嫁と花咲いて 嬶(かかあ)としぼんで 婆(ばば)と散りゆく –
戻れない一方通行の人生! 
 
 坂本龍一さんは、「この先の人生であと何回、満月を見られるかわからないと思いながらも、せっかく生きながらえたのだから、敬愛するバッハやドビュッシーのように最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています。」
 
 
 
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