坊守のつぶやき

今回は【感情老化チェック】をしてみたいと思います。


①失敗すると昔よりもウジウジ引きずってしまう。
②自分の意見と違うと、なかなか受け入れられない。
③この半年で、一本も映画を観ていない。
④一ヶ月の間に、一冊も本を読んでいない。
⑤最近、涙もろくなった。
⑥人にものを尋ねるのが億劫だ。

6個中イエスが一個でもあると、老化が始まっているとの事。
 私なんてウジウジ考えてしまうし、意見が違うとカチンとするし、涙もろくなってすぐ泣くしで… 3個もあるわ。
 
 人間の脳が老化していく中で、私達は認知症にはなりたくないと願っています。
 感情が老化すると、新しいことに対する意欲が湧かないので、本やテレビでこんな事が良いですよと言っていても「まーいいか」と何もしない。
悲しくなったり怒りだしたり、感情の切り替えができなくなり、ブレーキが効かなくなっている。
 40代の頃は、前頭葉の働きで理性で止めていた事も段々低下して行き、早く食い止めておかないと60代になったら取り返しがつかなくなる。
使わなくて駄目になった脳で、認知症になった人もいる。

 ではどうやって変えるのか。
 これまで経験した事が無い事をして前頭葉を使う。例えば、
◦スーパーで使った事が無い食材を買い、  考えてつくってみる。
◦先の読めない事をする(投資なども入るそうです)
◦自分と反対の考え方をする人の本を読む(カッカするが前頭葉は使う)

 脳が若い人は、色々な意見を聞く事ができる。楽だからと自分の考えと同じ人としか付き合わないと、交際がどんどん狭くなっていく。感情を老けさせないには、イエスマンを周りに置かないこと、だそうです。
 感情を若く保っている人は、年を取ってもチャレンジを続ける事ができる。
 先日、ご門徒さんとお話をしていて「母は入院中ゲームでテトリスをしていたら、看護師さんがびっくりされてました」と。
お母様のお年をお聞きすると、今年96歳になられたとのこと。
感情が老化されてないから、お年を召されていてもいろいろな事にチャレンジできるのだと感じました。すばらしいです。
  
 うちの住職は最近物忘れがひどくなって、笑い事ではすまなくなってきました。
それにイライラして直ぐに怒鳴るしで。
脳が老化してますね、確実に!
音楽を聴いたり自分の好きな事をしてはいるのですが、同じ事の繰り返しでは前頭葉が働いていないのでしょう。
 
 何が自分自身に起こるか分からない今を生きている私たちです。
でも、惚けたくない、人に迷惑をかけたくないと心配ばかりしているのは寂しい。
頭や感情を柔らかくして、大事な今をしっかり生きていきたいものですね。

坊守のつぶやき

精神科医の方が、ラジオで話されているのを聞いたことがあるます。


― 最近、心療内科に青い顔をして訪ねて来る方が増えまして、
話を聞くとペットが亡くなりショックを受けている。いわゆるペットロスですね。
 亡くなっていくということが年上からなら、そういうものかと納得できるのですが、ペットは子供と同じでそのペットが亡くなると年下が亡くなるという、
子供を亡くすという感覚になり、重症の鬱病を起こしてしまう。


 医療の現場でも、看護師の方は死を看取るということが多いにもかかわらず、
人を生きらせること・健康にすることへの教育しかされていないので、身内が亡くなり親族が悲しみ落ち込んでいるのに、どの様に声をかけていいのか分からない。どうしたらいいでしょうか?との相談が多いのです。


 世界では宗教が有り、『人は死んだら一体どうなるのか』という知識をそこで持つことができる。死の準備ができるのです。
世界には、死に対する考え方が3つあって、
①死んだらおしまい(日本人の考え方)
②生まれ変わる
③違う世界(天国・浄土)に往く
日本人は死んだら終わりと思っている。何もかも無くなってしまう。
昔の日本人は、ご先祖様が守ってくれる、ご先祖様の元に行く、そしていつか生まれ変わる、という考え方があった。
 でもそこでお寺のお坊さんの話を聞いていたら、身近に亡くなる方がでた時、お坊さんの話を思い出す。身内の死にショックを受けた時、今まで自分がバカにしていた、「天国なんかあるもんか!ご先祖なんかどうでもいい!!」と思っていた人が、お坊さんの話を思い出す。
信じなくてもいいが、ああそういうこともあるのかと、それにすがる気持ちも出て来る。聞いてないと鬱になる人もいるのです。
お盆が近いので、お寺でお説教を聞かれてはいかがですか? ―
と、このような話をされてました。
 人は死を忌み嫌い、見ないようにして自分から遠ざけようとしますが、生と死は表裏一体です。
〈生のみが我らにあらず。死もまた我らなり〉(清澤満之/真宗大谷派僧侶・哲学者)
 毎日は同じ生活の繰り返しに見えますが、これは奇跡だと思いますよ。
当たりまえの毎日は、いつまでも続く訳がないのです。何が起こるか分からないのが私達。そういう事が起きるかもなーと、思っているだけでも心の準備ができるのではないでしょうか。
 お寺のお説法も今聞いても分からないかもしれませんが、聞いた話が頭の片隅にでもあれば、いざという時、「あ〜住職の話はこういう事だったのか」との気付きになるかもしれません。
 法事・春秋お彼岸・お盆・永代経・報恩講・聞法会と、住職がお話をしております。いつでも、どこでも、どなたでも、お気軽にお寺へ来てお話を聞いて行かれませんか? お待ちしております。

坊守のつぶやき

 マツコ・デラックスさんが出ているテレビを見ていて、シニア世代に「今まで生きてきて、悟ったことは有りますか?」と、質問しているコーナーが有りました。
 ある年配女性が、
  人生で悟ったこと? …これといっ  
  て無いわね。自然のまま、流れのま 
  ま生きてきたから、幸せだったのね
 と。でも、多数を占めた答えは、
  お金。お金が無いとね。
という返事が一番多かったそうです。


 確かにお金を持っていないと、旅行に行くことも、豪華なお料理を食べることもできない。ましてや病気になったら、お金が無いと最新医療も受けられない。命に関わってくる問題ですよね。確かにお金は必要だなー、と思います。


お釈迦様の最後のお言葉に、
 知足の人は、地上に臥すといえども、  
  なお安楽なりとす。
 不知足の者は、天堂に処すといえども、
  まだ意(こころ)にかなわず。
《足ることを知っている人は、倒れて息
 を引き取る心の中は、安楽でいっぱい。
 足ることを知らない人は、なんてつま 
 らない人生だったと、まだ不満をつぶ 
 やく。》


あれも欲しい、これも欲しい…人間の欲はきりが無い。しんどいな〜と思います。
多欲な人は苦悩もまた多し。
 私は〈これでいい。これで足りている〉と欲望を小さく、欲しい物を小さくすると、心は安楽するのかもしれません。
でも、これが難しい。でも、それを知っていることが大事なことだと思います。


—春物のバックがほしいな〜。明るい色の服も買いたいな〜—と、私も日々物欲と戦ってます。
—待てよ。去年買ったのもあるしな〜。スカーフとかでアレンジしてと。あ〜あ、十分足りてたわねー
 心の中の小さな波風が、少し穏やかになりました。


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 お寺からお願い



 たまに、「お参りに行ったけど、玄関に鍵がかかっていて本堂にお参りできなかった」と言われることがあります。日時をお聞きすると、その日はずっとお寺に居たけどなーと首をかしげることが多いです。
 思うのは、座敷や庫裏(くり)のお掃除をしていて、掃除機の音が大きくてインターフォンが聞こえない時がありますし、洗濯物を干している時も聞こえないのです。昼食の支度中も、匂いが本堂に漏れないようドアを閉めて換気扇を回していると聞こえなかったこともあります。
 また、墓地のお掃除をしていて気が付かないことも多く、ご門徒の皆様にはご迷惑をお掛けすることがあります。
 この十年ほど、住職が副組長というお役を受けていて、会議や急な対応で外に出ることも多く、一人の時は不用心ですので施錠して庫裏で家事等をしていることもございますので何卒、諸事情ご理解いただき、応答がないときは、何回かインターフォンのボタンを押してみてください。宜しくお願いいたします。

坊守のつぶやき

明けましておめでとうございます。
 年末のテレビニュースで、今年亡くなった方々の映像を流しているのを、見る機会がありますが、ーあ−そうだった。あの人も亡くなっていたんだ。見かけなくなったと思ったら、この人もかーと、感慨にふけります。
お寺の生活は、死を近くに感じます。分かってはいても、亡くなったと聞かされると辛いものがあり、しんどいです。
どんな生き方をしていても、いずれ人は死ぬ。
 先日ラジオで、訪問診療をされている佐藤伸彦さんの話を聞きました。患者さんのケアの中で、

  やり残した事はないか
  言い残した事はないか
  食べ残した物はないか


を尋ねて、できる限り対応してあげたい。
一回限りの生を生きている。これを常に考えなければいけないと。


「平穏死」「満足死」など、所詮は残された者の考えで言っているだけで、死ぬ時に「いろいろあったけど、それなりの人生だった」と、思ってもらえるようにしたいと思う、と。
 今元気に生きている私も、考えてしまいました。
家族に、感謝の気持ちを口に出して言っていないな〜とか
運動不足だ、何かしなきゃあと言っているくせに、何も行動に移していなかったりとか、忙しさにかまけて、大事な食事がおろそかになったり・・・
いつかいつかって、言っているだけでは、だめ!
今を大事に生きて行こうと、ご門徒さんに言って来た私なのに・・・反省です。
 新しい年になり、今をきちんと生きているのか、改めていのち、生について考えることをしたいものです。
初詣で色々な願い事を祈願されるのもいいのですが、少しの時間自分を見つめ直して、私はどう生きて行くのか、何を大切にしたいのか、年の始めにちょっと考えてもらえたら嬉しいなと思っています。
 お正月いつでもご本堂にお参りできますよ。
 では今年も宜しくお願いいたします。

坊守のつぶやき

謹んで初春のお慶びを申し上げます。
今まで、毛筆による写経の会を行ってきましたが、平成二十七年からリニューアルして再出発いたします。
 このたびペンを使ってお手本をなぞる「正信偈」のテキストが本山・東本願寺から出版されましたので、そのテキストを使って進めて行きたいと思います。
タイトルは『書いて学ぶ 親鸞のことば』です。「正信偈」のお勤めのお稽古と、簡単なお話のあと、少しずつ書写していきましょう。
見て、書いて、音読する、を一度に体験できる気軽な会にしていきますので、どなたでもご参加くださいね。お茶とお菓子をいただきながらの、おしやべりの時間も用意していますよ。

日程は偶数月の第4日曜日
午後3時から4時半です。


2月22日、4月26日、6月28日、
8月23日、10月25日
参加費無料(テキスト代600円のみ)
※参加希望の方はお寺までご連絡ください。

坊守のつぶやき

八月のお盆が終わり、お寺の行事や研修会の合間を縫って、毎年この時期はお墓参りがてら夏休みで帰省します。 里の父は平成10年、母は平成21年に亡くなりましたので、京都に残った姉と一緒に東山の麓にある大谷祖廟(※注)に参拝に行きます。大谷祖廟の周りは八坂神社や高台寺などがあり、観光客や人力車で賑わっていますが、一歩祖廟に向かう参道に足を踏み入れると、驚くほど静かになります。 私は、東山三十六峰を背景に、祖廟の山門が正面に見えるこの石畳の道が好きで、木立のざわめきや、蝉のむせかえる声の中を進みます。百メートル以上続く参道を歩いていますと、亡くなった父母、祖父母や親族のことを思い出さされ、姉と思い出話しに花を咲かすことができる、そんな大切な時間をこの道はくれます。 
参道ではいろいろな方ともすれ違います。うつむき加減で放心したように歩く中年女性を見かけると〜最近ご主人を亡くされた方かな〜とか、若い方を見かけると〜祖父母のお参りかな〜とか、 本当に多くの人びとが参拝にみえます。改めて、かけがえのないいのちを頂いている身に気付かされ、いつかは亡くなって行く身、「今をちゃんと生きているのかー」と自分に問いかけながら帰ってきました。


※注「大谷祖廟」は円山公園の隣に位置する親鸞聖人の御廟所のことで、真宗の門徒は親鸞聖人と同じくここに納骨します。 

西光寺からのお知らせへ

西光寺・源隆寺参拝旅行

今年も行います。

日程は十月二十五(木)〜二十六日(金)で
今回は親鸞聖人の関東のご旧跡(茨城県)を回ります。
どうぞご予定ください。
コースについては源隆寺ご住職と検討中ですが、稲田草庵(西念寺)、玉日廟を始め水戸市近郊の親鸞聖人御旧跡寺院を参拝いたします。
源隆寺ご住職と三月にあらためて下見をし、無理のないコースで周り、太平洋をのぞむ温泉旅館に宿泊予定ですのでぜひご一緒にでかけましょう。


稲田の西念寺山門


2018.2.16 住職日々雑感更新しました
2018.2.16 西光寺・源隆寺参拝旅行年中行事など更新しました
2018.2.16 坊守のつぶやき・お知らせ常照我など更新しました