帰敬式を行いました。

永代経法要並びに帰敬式を行いました。

 2018年5月第3日曜日は西光寺にご縁のある、すべてのご門徒様のご法要である『永代経』法要をお勤めしております。
 本年も多くのご門徒様のご参詣をいただき、賑々しく勤行・法話・お斎という順序で勤修することができました。
 また、江戸川区の鹿嶋様より、「法名を名のる生き方をしたい」との願いを聞き取り、生活の中でお釈迦様の明らかにされた仏道、つまり仏・法・僧の三宝に帰依する南無阿弥陀仏の教えに訪ねて、拠り処として生きていきますと、命あるうちに「仏弟子」として歩む事を明らかにする儀式「帰敬式」(ききょうしき)を是非受けたい、という尊い願いを受け止め、『永代経』に併せて行うことを発願しました。『響流』でご案内したところ、九人の方から、ぜひ私もという篤い思いをいただき、実現いたしました。

 三月・四月にそれぞれ事前学習会を通して、阿弥陀如来よりかけられた願いを受けとめ、法名について話合い、本番を迎えました。


帰敬式」受式の皆さまと記念撮影

誓いの辞

 ただ今、ご本尊阿弥陀如来の御前にて帰敬式を受け、仏弟子として名告りである法名をいただきました。
 阿弥陀如来は、限りない寿(いのち)と限りない光であり、本当の自分の姿に目覚めるよう、私を照らし、護り、導いてくださっています。今日からは、生まれた意義と生きる喜びを生活の中で確かめながら、この私にまで教えを伝えていただいた多くの方々の御恩を思いつつ、お寺に身を運び、聞法を欠かさずに生きて参ります。

二〇一八年五月二〇日 受式者一同

執行の辞

 帰敬式は、仏・法・僧の三宝に帰依し、仏弟子として新たに出発をする儀式です。
 仏弟子となることは、自らの人生を挙げて仏法を聴聞し、讃嘆して、すべての人とともに、人としてまことの道を歩むことです。
 今後は宗祖親鸞聖人が顕かにされた本願念仏の教えを拠りどころとして、いよいよ御同朋・御同行の交わりを深め、寺を聞法の道場として相続くださいますよう念じます。
 本日、帰敬式をお受けになりました皆さま方に心からお祝い申し上げます。

二〇一八年五月二〇日 西光寺 住職 釋徹舟


代表して「誓いの辞」を読む 釋正宣氏


法名伝達


剃頭の儀


剃頭の儀

真宗門徒の生活実践

 法名は仏(教えに生きた人)・法(教え)・僧(教えを共に聞く仲間)の三宝に帰依した仏弟子の名告りです。自分の思いでは絶望だと感じることも、如来の呼びかけ(本願念仏)を聞き開いて、励まされながら生きる意欲をいただいていく生活が始まります。誰にも代ってもらうことのできない自分の人生ですから、何があろうとも自分を尽くして生きていく歩みを続けていきましょう。

〈礼拝の生活〉
 お内仏(お仏壇)のお飾りを整え、毎日礼拝し 
 ましょう。
〈聞法の生活〉
 生活の中で、自分を通して教えに聞いていきま
 しょう。
〈正信の生活〉
 自分の思いや、迷信に振り回されずに、教えを
 拠り処として、自分を尽くして生きましょう。


福田忠(釋宣忠)責任役員より祝辞

法話 本多雅人 連光寺住職

幸福教と真実教—人間の闇が迷信を生み出す
 
 私たちは自我分別心をもって生きているので、どこまでも自分の都合が良いことは受け入れ、都合の悪いことは排除したいという在り方から抜けだせません。しかし、それが苦悩を生むだけでなく、迷信を作り出し、更に苦悩するのです。幸福教とは、どこまでも人間の自我分別を満足させようと人間の願いを実現させたり、苦悩を取り払おうとします。私たちの自我分別心の延長にあるからとてもわかりやすいと言っていいでしょう。
 それに対し、真実教は何が真実で、何が迷いかを自覚する事において、苦悩の人生を引き受ける意欲を与えます。

人間の迷いの深さに目を向けて、教えに訪ねて参りたいと思います。


早速 ご法話聴聞