自分の理解を超えたものに対して

 私たちは、自分の理解を超えたものに対して恐怖感を抱き、結果的に敵対視したり過剰反応します。そして、自分で勝手に相手はこういう人だと決めつけてレッテルを貼ってわかったつもりにしてしまいます。 
 人間は間違うものであるという深い認識に立ち、先人の叡智に学び、言葉を大事にし、言葉を尽くして議論し、多くの人の意見を集約して、急激な変化でなくより良い社会にしていくというのが「保守」というものだと中島岳志氏が発言されています。そうすると現代は本来の意味の「保守」政治家が随分少数になっているのではないでしょうか。今や自民党だから「保守」という単純な色分けは全く意味がありません。
 また、発言している言葉が軽く、発した言葉に責任を取るということも蔑ろにされている事例があとを絶ちません。
 ご自身のお連れ合いが「名誉園長・校長」になっておられ、ご自身ヘの支持を表明されていた某前理事長をご自身の都合が悪くなると「詐欺を働く人物のつくった学校で、妻が名誉校長を引き受けたことはやっぱり問題だった。こういう人だからだまされてしまったんだろう」とテレビ番組で発言されましたね。
 日本は法治国家ですから、裁判で確定するまでは容疑者との位置づけで、元検事の方からは「拘留中で反論の機会がないのに『詐欺を働く』と一方的に断言しており、重大な人権侵害である」と、「無罪推定」の原則を軽視しているとも指摘されています。続けて「首相は行政の最高責任者として決定的な影響力を持ち、今後開かれる公判に影響を及ぼしかねない。絶対、口にしてはいけない言葉だった」と述べています。
 無罪推定は、国際的な刑事司法の大原則で、そのような、いわば法律のイロハをご存知なのだろうかと疑問を感じることが繰り返されていますね。ご自身のことを「立法府の長」と言って、間違いを指摘されてもすぐには認めず、憲法は権力の暴走を縛るものだという立憲主義のこともご理解されていないのではないかと、大多数の憲法学者からも指摘されていましたね。
 
 ところで、男女共同参画ということがいわれ、宗門でも男女共同参画推進に向けた施策が実行されてきています。しかし、レッテル貼りではありませんが、未だにランドセルの色は男の子はほぼ黒で、女の子は赤やピンクが圧倒的だそうです。
 
 11月4日の東京新聞の「筆洗」に次のような記事がありました。
「小学校4年生の伊藤七瀬さんはピンク色が好きな男の子だ。幼稚園の時、ピンク色のTシャツを着ていたら、女の子に言われたそうだ。「男の子なのに、どうしてピンク色の服なの?」▼なぜそんなことを言うんだろう。お母さんに話すと、こんな言葉が返って来た。「ピンク色は、女の子の好きな色だと思う人多いからかもね。七瀬は、女の子が青色や緑色の服を着ていたら、おかしいと思うかな?」▼今「おかしいと思うかな?」と問わなくてはならないのは、この国の男女格差だ。(世界経済フォーラムが発表した最新の「男女格差報告書」によると、日本は百四十四ヵ国中で過去最低の百十四位だった。▼女性の政治進出が低調で、専門・技術職での女性が少なく、収入の男女差が大きい。そんな状況が改まらぬ根底には、やはり「男は青、女はピンク」式の硬直した考え方があるのだろう▼七瀬さんは二年前、小学校に入ってからも「男のくせにピンクか」と言われた体験をつづり、地元・福島県会津若松市の「男女平等に関する作文コンクール」で、優秀賞に輝いた。この作文はこう結ばれている。〈これからも、同じようなことを言われることがあると思います。でも、こんどからは、自分ではっきりと「ぼくのすきな色なんだ」と言いたいです〉▼そういうひと言ひと言が、壁を土台から壊していくはずだ。)

 このコラムを読んで思い出したことがあります。五年以上前になるでしょうか、聞法会の講師に来てもらった加藤真人君のブログです。彼は文学や音楽にも造詣が深く、毎日川柳では常連で入賞するほどの才能豊かな人でした。
 「人でした」と書かなくてはならないのは、実は加藤君は数年前膵臓癌で、あっという間に亡くなっていかれました。彼のブログは今でも読める状態になっていて、あらためて確認し次のような言葉が目に飛び込んできました。お寺の掲示板に掲げている文章でした。

このコラムを読んで思い出したことがあります。五年以上前になるでしょうか、聞法会の講師に来てもらった加藤真人君のブログです。彼は文学や音楽にも造詣が深く、毎日川柳では常連で入賞するほどの才能豊かな人でした。
 「人でした」と書かなくてはならないのは、実は加藤君は数年前膵臓癌で、あっという間に亡くなっていかれました。彼のブログは今でも読める状態になっていて、あらためて確認し次のような言葉が目に飛び込んできました。お寺の掲示板に掲げている文章でした。
そこにはこんな言葉が添えられていました。
「『阿弥陀経』という経典は毎日のように読誦していて、おそらくこの30年間に一日平均3回は読誦しているだろうから、3万回以上読んでいることになる。(中略)
 昔から「青色青光(しょうしきしょうこう) 黄色黄光(おうしきおうこう) 赤色赤光(しゃくしきしゃっこう) 白色白光」(びゃくしきびゃっこう)という箇所が好きだ。漢文訳でラップ調の力強い韻をふんでいることもあって、同じ光に照らされても青いものは青く輝き、黄色いものは黄色く輝く。たとえば最近では「花はそれぞれ嫉妬しあっていない」 という言葉を掲載させてもらったが、この「青色青光 黄色黄光」を思わせてくれる言葉にはとても惹かれる。そう思っていたら、ココ・シャネルという人が「世界で一番美しい色は自分に似合う色」という至言を残していた。」

 日本では「シャネラー」などと金満家御用達のようにブランドが記号化され、「消費」されていますが、女性の自立という点でパリのモード界で戦ってきた女性です。安倍さんの言葉を借りれば「輝く女性」のための服を作ってきた人なのでしょう。彼女が言うのは自分の好きな色は自分に似合う色ということですね。

 色つながりで最近のお粗末な政治家の発言がまたありました。アフリカの国々との交流をご自身の課題にしている同僚議員の前で「ついていけないのは(略)、なんであんな黒いのが好きなのか」との発言(後撤回)に対し、「答えは簡単。美しいからだ」と自らの経験を踏まえた単純明快な師岡カリーマ氏のコラムでの「答え」は大変「美しい」ものでした。